読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる
手作りと、読書と、あれこれ・・・

君がいない夜のごはん 穂村弘

君がいない夜のごはん

君がいない夜のごはん


君がいない夜のごはん
どこに、読点を打つかによって、ちょっとイメージが変わってくる。

デザイン上は
君がいない/夜のごはん

これだと、
「あれ?、今夜、君はいないの?えー、どうして?どうしよう」という動揺と、
一人で、晩ご飯を食べなきゃならない、しょんぼり感が感じられます。

君がいない夜の/ごはん
だと、ごく普通に、一人で食べる晩ご飯で、なんだか
「一人で食べる晩ご飯・簡単レシピ」みたいなかんじです。

あくまで私のイメージですけど・・・。


と、いうことで、素直に「君がいない/夜のごはん」ということで・・・。

雑誌に連載されたエッセイをまとめたもの。
帯に、「食べ物をテーマにした異色のエッセイ集」とあります。
普通、食べ物をテーマにしていたら、エッセイでも小説でも、なんだか無性に食べたくなるものですよねぇ。

最近では、西洋骨董洋菓子店で、おしゃれなケーキが食べたくなったし、
食堂かたつむりや、四十九日のレシピでも、なんだかみんなおいしそうだったし、
そういえば、山本一力あかね空では、本当に豆腐が食べたくて食べたくて・・・。


ところがですねぇ、本書ではなかなかそんなカンジではないのです。
全編(いや、ほぼ全編)穂村さんの困った顔が目に浮かんでしまうようなエッセイ。
腐った牛乳、ショコラティエとの戦い、食べ放題との戦い、D-ポップに、ところてん、へたのないイチゴ、食堂車・・・。
バラエティ豊かな食べ物たち、みんなでよってたかって穂村さんをいじめてる?

それでも、穂村さんの戸惑いは、私にも、けして無縁では無いわけで・・・。
生ハムメロンの理不尽さとか、電子レンジで温めた牛乳の味など、私も思っていたこと。
それをずばり(と、いうには、結構弱腰なんだけれど)、言葉にしてくれる穂村さんは、やっぱりすごい。

昭和のおじさんにがっちり共感する私も、立派な昭和のおばさんだ!


「おいしい」って難しいと思うのだ。
私はワインを飲まないので、コンビニの500円のワインも、ブルターニュの○○年もの「枯れ草の草原を駆け抜けた子猫の肉球のような香り」(ソムリエさんが、いいそうなこと)の何十万円ワインも、絶対区別がつかない自信がある。

だけれども、おいしいかおいしくないか、あるいは好きか嫌いかでどちらかは選べるはず。
何十万円のワインを選べたら、グルメ、食通ってこと?

まぁ、別にグルメを気取る必要もないのだけれど、ちょっと少数派に入ってしまった時はなかなか居心地が悪い。
レストランで、一緒に食時をしたあと、誰かが「いまいちだったねぇ」なんていうと、「あれ、私は結構好きだったぞ」というとき、ついついうやむやにごまかしてしまう。

どこかに、これがおいしいのです、と断言してくれる人はいないかな。
それを食べてみて、おいしいと感じられるまで修業するっていうのはどうでしょう。
「この味がわからぬとは、まだまだ修業が足りん。出直してこい」みたいな・・・。

求む、海原雄山